カッツェにしてもいいですか

お酒を飲んでサブカルチャーに触れたり北方謙三に抱かれたりするブログです。

ループする幸せ

Happiness is here
here for yourself
Happiness is here
here for myself

鬼木雄二さんが書いたこの曲で、スタッフロールも流れて昨年の新居昭乃さんのライブ「Happiness is Here」は幕を閉じたのであった。そして。

昨日、ZEPP TOKYOにて行われた「cosmo incognita」に行って参りました。始まりは「Happiness is Here」です。そして。昨年クリスマスに見た、あのスタッフロールが巻き戻したように流れるのです。そう、繋がってるんです、繋がってました。その両方を体験できたボクとしては、幸せはここにあるとしか思えませんでした。

まあそんなこんなでもちろんライブは最高でした。なにしろ腰痛持ちの自分としてはスタンドでないだけで高ポイントです。あぁ、なんで去年デビュー20周年記念ライブプチツアー行かなかったんやろう…後悔先に立たず。ライブなんて仕事休んででも行くもんだ。


まあライブレポなぞはどしどし屹立してゆくでしょうからボクは会場で思ったことなぞを。

オレの思う新居昭乃さんを聴きそうな女子の型にはまった例をいくつか散見できて楽しかった。
隣に座っていた女性は「朝ZABADAK聴いてきた」とか言ってるし、廊下を和服で彩った女性が二人闊歩していたり。

なぜオタ的趣味を嗜む女性がその嗜好の対象たるミュージシャンのライブに行くときの正装として和服が選ばれることが多いのだろうか、というのが積年の疑問なのだが、昨年NHK「トップランナー」にCLAMPが出演した際メンバーの誰かが和装で出演していたことから考えると、そもそも何かの機会さえあれば和装したい欲はあり、社交界なぞない現代としては、その場がライブ会場になる、ってことなんだろか。気分的にはオタ女性の開催するお茶会の延長線上で。

それと気になったのが、隣の女性は、「あ、ゴスロリの人なんかいる、ゴスロリ」と、やや否定的なニュアンスで発言されていたのだが、その辺の軋轢というのはやっぱあるのだろうか。この場にそぐわないのよ、みたいな女の世界が。

なにしろオタ女子の知り合いがおらんので、このエントリをメッセージボトルみたいに拾ってもらってアルファなブロガーが掘り起こすのを待っていきたい。だってオレウケミンだから。

男性は総じて、地味な色の服装だがこざっぱりした印象の人が多かった。清潔感といわれる佇まいでしょうか。


堪能し、あぁこれから夜勤なのか、と楽園と現実の狭間で揺れ動く乙女心をくすぐったく堪能しながらりんかい線のホームへ向かう。
本能として、確実にさきほどまで同じ会場にいたよなあ、という女子二人組がいる辺りに並んでみる。別に何するっちゅうわけじゃないんだけど、同じ空気共有しましたよねえ?なんていうことを勝手に堪能するのが好きだから。
すると、オレの前に並んでいた気弱そうな細身メガネ君がおしゃれ召した女子二人組に、
「さきほど新居昭乃さんのライブに行かれてましたか?僕、池袋まで乗るんですが、それまで話しませんか?」
などと、オレの中では禁じ手とされているような行為をなさりやがって、おいおいそんなん女の子はもうこの方向に乗るって示しちゃっている以上、もしイヤでも逃げようがないじゃない、どうなるんだ、と、ipodをイジるしぐさでごまかしながら聞き耳立てていたんですけど、なにやら微妙ではありながらも上手い事行って車内でも話が盛り上がっておって。
一方おれはというと、昭乃さんと真綾さんを聴きながら積ん読であった池波正太郎著『人斬り半次郎〜幕末編』なぞを読みふけりながらもチラチラとその三人へ目を配るという、窮鼠猫に食われるくらい怯えた態で過ごしていたのだった。あぁこのギャルゲー、ここでシナリオ分岐してくんだな。リセットしてもっかいやり直すわ。

話かけていいと思ってる女子はふきだしアイコンを出しておいてください。この世界ってまだβオープンテスト中でしょ?もうちょっと分かりやすくしてくれないと課金されたら続けないなあ。