カッツェにしてもいいですか

お酒を飲んでサブカルチャーに触れたり北方謙三に抱かれたりするブログです。

何もかもうまくいきそうな気がするほどじゃない

Sugarless GiRL

Sugarless GiRL


第一印象。

みじけえなあこれ。食い足りない。
図抜けた出来のM4『Sugarless GiRL』に小品を添えてみた具合のミニアルバム。
まあ中田さんは今はこういうとっちらかったのがやりたいんだろうな。もしくは仕事しすぎ。あとオレが期待しすぎ。

というのをmixiに書いていたのだけど、その後三回ほど通して聴いた結果、まあ大筋は変わらないのだけど、これはこれで納得し始めた次第。
多分、導入2曲がその先へ広がるはずの音像に期待させすぎなんすよ!それに勘違いしたオレは間違ってない!(文化系サークルに入部してきた地味目だけど八方美人の女子に勝手に勘違いしたのを棚にあげて相手を責める群像)
あれですよ、ELOにありがちな、というかディスカバリー(紙ジャケット仕様)【2012年1月23日・再プレス盤】タイム (完全生産限定盤)に限った話だけれども、導入から壮大なコンセプトアルバムを感じさせながら意外と散漫に各方面へ手を出すのね…あ、そしてロケンロールで終わるのね…という感触に近く、今回のCapsuleのアルバムも散漫に広がりつつ、あれそこで終わっちゃうんだ…というあっさり感であり、まあそれはそれで納得するべきなのかもしれない。
このアルバムは、デヴィッド・ボウイさんにおけるベルリン三部作に当てはめ、Capsuleエレクトロ三部作における『ヒーローズ』と勝手に受け取る術に出ようかと思った。Capsuleも三部作なのかどうかも勝手に決めつけながら、なんつうか『ロウ』で頂点に達してしまっているのだけどその余韻としての残照が置かれていく風景というか(「これはひどい」「ナニ言ってんのこの人?」「なんでも型に当てはめればいいってもんじゃないのよ!あんたどこの司馬遷?紀伝体にもほどがある」「パクロミさんの漢字一発変換させるにはどうしたらいいですか?」「ロマンスってホントに剣の輝きなんですか?」)

まあどうしてこんな比喩事態に至ったかというと、ELOの紙ジャケ復刻第2弾デヴィッド・ボウイ、全17タイトルを3ヵ月連続で紙ジャケ化を購入して毒されているからなんすけどね(「これはひどい」「ナニ言ってんのこの人?」「なんでも限定BOXってのにときめき淫ビテーション感じてんじゃないわよ!あんたどこのエロマンガ作家?」「いやマジで、ロマンスの神様すらいなかったのに、剣は輝いているんですか?もしそうならあたし…(この人に添い遂げてもいい…)」)

あー、当初は今コンビニで売り出している『花の慶次』が何度読んでも面白くてたまらんってことを書こうとしてたのになんでこんなことに…テスト・ザ・ネイション2007の「要するにナニ?」に出題されないような、要点を押さえた文章を改めて心がけていきたいですゴメン無理アゲイン。
慶次については明日以降書いていきたい。