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カッツェにしてもいいですか

お酒を飲んでサブカルチャーに触れたり北方謙三に抱かれたりするブログです。

ノスタル爺

21:30くらいに突然、「明日から仕事」感への憂鬱から350ml缶のビールを4本ほどえらい勢いで飲み干してしまって、きっと明日の朝5:40くらいにはぐったりしてるのは確実。あともう一本くらい飲むから、明日の朝はルスラン・カラエフさんのいつも通りの観る側の心胆寒からしめる倒れ方をしているに決まってる。
「二日酔いでセロトニン減るの分かってるのに、なぜ人類は、なぜこの愚かな地球人達はその愚行の行く末を思い出すことできないの…」などとコバイア星人気取りで100人の村的挿げ替え手法をマキシマムに人類規模に拡大することでオレだけじゃない感を創作してみても、あ、今は気楽ですね。全く、人類ってバカですね。愚かすぎるよ卿らとかってー(オタ系サークルに必ずいる、ラインハルトはオレなはず的デブオタ)

こないだ、通勤の際にipodを忘れてしまった。三年前、携帯MDを忘れた際、その帰りには本体買ってたくらい音楽中毒だったわけで、音がない時間への耐久度の低さに定評があったのだけど、今回通勤時間に全くそういったものがないと。
まあこれが、普通にボーっとしてたり読書してたりで過ごせてしまって、感受性・好奇心の減退は確実であり、暮れ往く歳の瀬を荷に背負ってこれからどんな坂を登らなければならないのだろう。

あれだけはまっていたのに今はもう…という話でいえば、web日記はどうか。最初に書き始めて丸五年は過ぎたのだけど、今年に入った辺りでなんかえらくフラットになって、別に書かんでも生きていけんだよなあ、となり、更新も目減りしているのだけど、かといって週末には書きたくなったりで、要は時間があればって感じなのかなあ。
にしても、開始1〜2年の頃はライフワークぐらいにも思っていたので、言いたい事も減ってるんだろうなあ、なにせインプットだって確実に減っているのだからアウトプットだって正比例するはずだ。そうでなくともアウトプットできる人間は物書いて食い扶持にした方がいい。

人は誰しも歳を取り、それを自覚してゆかなくてはならないのだろうけど、認めたくない自分もいて、この辺の折り合いつかなさっていうのは一生続くんだろう。
とでも思っていると、そんな思いも枯れてゆき、きっと落ち着くところに落ち着いてゆく。実際ネット巡回も随分減っている。

ノスタルジィに駆られる精神状態で、ウルトラマンメビウスウルトラセブンが出るってんで、一応録画していたのを今観ています。

感想:
アマガイコノミ隊員が激しくもせつないハートフルメガネっ娘であり、この春全米のオレがメガネまりました。特に、モロボシダンと焚き火を囲むアマガイさんの顔にメガネの影が色濃く映る、危うく「これゴースト?TBSも電波悪くなったか」などと思わされた場面は一生忘れないでしょう。そしてこの番組を一生観ていきます。多分来週もそれ以降も録画忘れるけど。